この記事では、2024年9月25日に公開されたチェンソーマン最新話、第178話「銃の女神」において再登場した老いの悪魔について、張り巡らされた伏線を深く掘り下げて考察します。
老いの悪魔がなぜ黒チェンソーマンに「食べられる順番」を指定したのか、その理由を探ります。
読み進めることで、老いの悪魔の残虐な本質や、セリフの背後に隠された真意に迫ることができるでしょう。
老いの悪魔はなぜ食べられる順番は指定したのか?恐るべきその理由
173話で初登場し、174話でその名が明かされた老いの悪魔について振り返ります。
老いの悪魔が交わした契約の詳細を再確認しながら、その残酷さに焦点を当てていきます。
老いの悪魔との猟奇的な契約
フミコは、チェンソーマンが「食べた対象の概念を消失させる」という能力を利用して、人類を新たな進化へと導こうとしています。
彼女は日本の中枢を担う高齢化した政府の大臣たちに、ある甘い誘惑を持ちかけました。
それは、老化現象そのものの消滅です。
老いの悪魔との契約により、老いの悪魔自身が黒チェンソーマンに食べられることで、老化が消滅するという提案でした。
しかし、その契約には「日本国籍を持つ0~9歳の子ども1万人を鏡の前で殺害する」という、極めて残酷な条件が付けられていたのです。
ほとんどの大臣たちはこの契約に躊躇しましたが、元財務大臣である後期高齢者の長谷川タダシが強引に話を進めます。
彼は、孫が経営する悪魔被害に遭った孤児の民間施設や、経済産業大臣である高梨ミキの部下が運営する海外養子縁組の業者を利用し、海外の子供たちに日本国籍を取得させ、契約対象に含める計画を立案しました。
こうして、タダシの主導により、わずか48時間で1万人の生贄が集められることが決定されたのです。
178話では、この契約に「老いの悪魔が黒チェンソーマンに食べ進められる毎に子供たちが死んでいく」という新たな条件が追加されました。
この残酷な契約条件は、ただの生贄を差し出すだけではなく、老いの悪魔が黒チェンソーマンに食べられる進行に合わせて、徐々に子供たちの命が奪われていくというもので、さらにその恐怖と緊迫感を増しています。
老いの悪魔は少子高齢化社会の象徴
老いの悪魔が若い男性の上に椅子を置いて座るシーンは、現代の高齢者と若者の関係性を象徴している可能性があります。
特に日本では高齢化が進み、現役世代が年金や医療などの社会保障を支える役割を担っている状況が顕著です。
老いの悪魔が若者を支えにするこの行為は、こうした社会構造への風刺として解釈できるでしょう。
若い男性が老いの悪魔を物理的に支える姿は、まさに高齢化社会における世代間の負担を表すメタファーと言えます。
高齢者が一定の地位を保ちながら、若い世代がそれを支え続けるという構図は、現代社会の問題点の一つとして広く認識されています。
チェンソーマンの舞台設定は1990年代後半ですが、その時代は少子化と高齢化が急速に進行し、一般市民にもその影響が強く意識され始めた時期です。
老いの悪魔はまさに、この時代背景と深く結びついた存在と言えるでしょう。
社会全体が老齢化による負担を抱える中、老いの悪魔はその象徴として、このテーマに非常にマッチした悪魔として登場しています。
さらに、老いへの恐怖が消滅することで、死の悪魔の力を弱体化させる狙いもあります。
人々が老いを恐れなくなれば、死に対する恐怖も減少し、結果として死の悪魔が持つ影響力も弱まることになります。
この契約は、単に老化現象の消滅を目指すだけでなく、死そのものに対する恐怖心を和らげ、死の悪魔をも間接的に打倒する計画に繋がっているのです。
老いの悪魔の食べられる順番に隠された非道すぎる思惑
老いの悪魔は177話での黒チェンソーマンの「ヴァンヴァガ!ヴァギャアギャァ!」(「献血!ご協力!」)の呼び声に応え黒チェンソーマンの元へやってきました。
黒チェンソーマンはヨルにボコボコにされ、さらに銃の女神により頭部と胸部を残すのみの肉片とされてしまいました。
いくら最強の黒チェンソーマンといえどこの状態ではスターターも切れず、血液を補充しなければ復活することはできません。
そこで老いの悪魔が「助けてあげようチェンソーマン」と言い自身の血液を黒チェンソーマンの口へ流し込みます。
そして食べられる部位の順番を指定するのです。
- 脚
- 腕
- 下半身
- 上半身
- 内臓
- 頭
老いの悪魔は「最後に頭で頼むよ」と言っていることから、順番に関して契約ではなく老いの悪魔の願望であることがわかります。
老いの悪魔の願望とは子供が死ぬのを見ることです。
178話ラストシーンでは老いの悪魔が1万人の子供たちが集められるところを鏡越しに見ています。
最初に頭を食べられてしまえば子供たちが死ぬところを見られないのです。
子供たちが全員死ぬところを見るために最後に食べるのを頭とお願いしているのです。
黒チェンソーマンはいきなり頭から食べる
老いの悪魔は食べる順番を指示しているものの、黒チェンソーマンはそれに従うような性格ではなく、今まさに限界に近い状況です。
次に銃の女神の攻撃がいつ来るのかも予測がつかない状態が続いています。
もし黒チェンソーマンが老いの悪魔を食べる展開が訪れた場合、頭からではなく全身を一気に飲み込んでしまう可能性さえ考えられます。
しかし、老いの悪魔を食べたら子供たちは命を落としてしまいます。
契約の内容を知らないとはいえ、果たしてヒーローであるチェンソーマンがそのような行動を取るのでしょうか?
老いの悪魔が銃の女神に消されるか、黒チェンソーマンに援軍が現れる展開の方が良いと感じるかもしれません。
読者が期待しているのは、血の悪魔の再登場や、偽チェンソーマン、そして爆弾の悪魔であるレゼの復帰ではないでしょうか。
チェンソーマン第2部はクライマックスに差し掛かっており、そろそろこれらのキャラクターたちが再び登場するタイミングではないかと思います。
老いの悪魔はアンパンマンオマージュ!?
老いの悪魔が黒チェンソーマンに自分の肉体を食べさせて復活を試みる場面を見て、アンパンマンを思い出す読者もいるようです。
確かに、アンパンマンは空腹の人に自身の頭であるアンパンを分け与え、笑顔にするヒーローとして描かれています。
また、黒チェンソーマンが戦争の悪魔と対峙していることから、「アンパンマンマーチ」との関連を考える人もいます。
一部には「アンパンマンマーチ」が神風特攻隊をモチーフにした歌だという説も存在しますが、これは都市伝説に過ぎません。
アンパンマンの作者であるやなせたかし先生は、弟を第二次世界大戦の特攻作戦で失った経験があります。
特攻隊と言えば、零戦や桜花で空から敵の艦船に突入する作戦が有名ですが、やなせ先生の弟は「回天」という潜水艇で海中から敵船に突撃する特攻隊員でした。
この背景から「アンパンマンマーチ」が特攻隊を題材にしているという噂が広まりましたが、やなせ先生自身はそのようなことを一度も口にしていません。
また、やなせ先生は著書『ぼくは戦争は大きらい』の中で、「アンパンマンマーチ」が弟に捧げられたという指摘に対し、そのような意図は全くなかったと書いています。
そもそも、やなせ先生は自身も戦争を経験し、正義の戦争など存在しないと語るほど戦争を憎んでいました。
そんな先生が特攻作戦を賛美するような歌を作るとは到底考えられません。
そして、藤本タツキ先生がこれを知らないはずもないため、老いの悪魔がアンパンマンをオマージュしているという説は、私としては否定的です。
コメント